グリム童話
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子供向けのペーパークラフトにグリム童話があります。以下の5つの話ではペローなどが書いたものは
本屋さんですぐ見つかりますが、グリム版のやや残酷なほうは探してもなかなか見つかりません。
ここでは、グリム版の感想を書いてみました。

「赤ずきん」, 「灰かぶり」、「ヘンデルとグレーテル」、「長靴をはいたネコ」、「ブレーメンの音楽隊」
を読んだ総合的な感想
 日常的な出来事を面白いドラマにすると、社会の本質が浮かび上がってくるものだと関心した。グリム童話に出て
 くる社会(現代もそうだが)の本質は、"強盗で生計を立てている社会"ではなかろうか。
 
 例えば、
  ①赤ずきんは襲われたオオカミが二度と襲ってこれないように始末する話
  ②シンデレラは自分を虐げた人々を出し抜く話
  ③ヘンデルとグレーテルは自分たちを襲った相手を始末するだけでなく盗れるものまでついでにぶん取ってしまう話
  ④長靴をはいたネコは他人の領地と城を騙し取り出世の踏み台とする話
  ⑤ブレーメンの音楽隊は危害を加えていない相手の家を乗っ取る話
 
 というように他人から奪う、あるいは仕返しをするといった内容である。あたらしくものを手に入れる手段は創造・生産では
 なく略奪である。創造とそれに向けた努力という要素がこの5つの話には出て来ない。子供が、これら5つの物語やそれ以外
 のグリム童話を繰り返し聞いたならば、手に汗握る面白い内容が多いので物語の本質まで考えるに至らず、無意識のうちに
 人間不信になるだけでなく、悪い人から騙されないだけの知恵や、人を騙す悪知恵も身につくと思われる。つまり物語の表面に
 とらわれ本質を見ることがなければ、読者の潜在意識に騙し・略奪を肯定する価値観が形成されるだろう。そのため、子供に
 グリム童話の話をするときは、この話はまだ科学技術による発想の転換が起こる前の話なので、ものを手に入れるために略奪
 したり、そのための技術である騙しがよく出てくるが、創造・生産によって容易に分かち合えることができれば、騙し・略奪による
 破滅のサイクルから、創造・分け与え・思いやりのサイクルへと価値観を転換することが可能であるとも付け加えたほうがよい。

 5つの話では、自分のことのみ考え他人はどうなろうと知ったことではないという登場人物(動物)が記憶に残る。
 少なくとも読後に思いやりや助け合いの印象よりは強い。西欧世界のきれい事に隠された本質は私利私欲と略奪であるかの
 ように思えてくる話であった。そういえば、日本において優れている分野といえば、生産・組織力であるが、アメリカにおいて
 優れている分野といえば、マネジメント・心理学を応用した宣伝広告・情報技術というような人間操縦や支配に有効な技術である
 ことも興味深い。
 
 ところで、私利私欲や略奪も限度を超えるとみんなを巻き込んでの破滅につながるので、思いやり・助け合い・創造で
 繁栄する世界と私利私欲・略奪で滅亡する世界との対比で人々に教訓を与えるストーリーが、もっとたくさん出てくると
 世の中は平和になってよいと思った。判断力のない子供時代に殺人、略奪などに偏ったストーリーをドラマ、映画などで
 見すぎると道徳観念が狂った大人になる可能性があるからである。


<グリム童話のペーパークラフト>

赤ずきんちゃん


赤ずきんちゃん 620
<グリム版 ストーリー概略>
完訳 グリム童話集 1 金田 鬼一 訳 岩波文庫 hereなどを参照

おばあさんからもらった赤びろうどの頭巾しかかぶらないことから
赤ずきんと呼ばれた女の子がいた。
ある時、赤ずきんはお母さんから、森の奥に住むおばあさんに
お菓子とぶどう酒をもってお見舞いに行くよう頼まれる。
赤ずきんが、朝早く家を出て歩いているとオオカミと会い、どこに行くのか聞かれた
ので、おばあさんの家に見舞いに行くと話すと、オオカミは赤ずきんとおばあさん
を2人とも食べてしまおうと考えた。そこで、赤ずきんが森で花を
摘んでいるすきに、オオカミは先回りしておばあさんの家に行き、まずおばあさんを
呑みこんだ。
そして、おばあさんに化けてベッドで待ちうけ、後から家にやって来た赤ずきんも呑みこんでしまう。
2人を食べて眠くなったオオカミがそのままベッドでいびきをかいて寝ていると、家の前を通りかかった猟師が
いびきが気になり家に入ってみると、そこに朝から狙っていたオオカミがいたので鉄砲で撃ち殺そうとしたが、膨れた
おなかを見ておばあさんが食べられているかもしれないと思い、オオカミのお腹を切り開いてみた。するとまだ生きている
赤ずきんとおばあさんが出てきた。
そして赤ずきんはオオカミのお腹に石を詰込んで縫い合わせた。オオカミは目を覚ま
して逃げようとしたが
お腹の石が重くて倒れこんで死んでしまった。これを見て3人は安心した。猟師はオオカミの毛皮を
はぎ取って持ち帰り、おばあさんはその後赤ずきんのお菓子とぶどう酒で元気になり、いっぽう、赤ずきんは言いつけに
そむいて寄り道するのは今後やめようと思った。
<教訓>
・悪意を持っているかもしれない素性の分からない知らない相手に、自分のことを詳しく話してはいけない。
 それがもとで被害を受けるかもしれないから。相手の素性や質問をしてくる背景をしっかりつかむまで自分の細かいこと
 について話してはいけない。


<メモ>
童話ってホントは残酷第2弾 グリム童話99の謎 桜澤 麻伊編 二見文庫 here より
・狼とは幼い子供を襲う性的な倒錯者や狂人のこと。この種の犯罪者は「人間オオカミ裁判」にかけられ腹を
 切り裂かれ石を詰込まれるという刑が12世紀ごろからあった様子。

・中世ヨーロッパで赤を着る人は、娼婦、刑の執行官、難病患者など社会の嫌われ者、忌み嫌われ者で
 あったらしい。赤ずきんは赤を着ていたので、狙われるべく狙われたとも考えられる。この話は服装、外見
 にも注意が必要ということを訴えている。

シンデレラ
=シンデレラ(英語圏)、アッシェンプッテル(独)、サンドリヨン(仏)、灰かぶり(日本)



シンデレラ 72489
<グリム版 ストーリー概略>
完訳 グリム童話集 1 金田 鬼一 訳 岩波文庫 hereなどを参照

金持ちの妻が臨終の床で娘に「神様を大事にして気立てをよくしてほしい」と言い
残して他界する。娘は毎日母の墓に行って泣いていた。やがて父は再婚して、継母
は2人の娘を連れてきた。しかし、彼ら3人はたいそう性格が悪く、娘にぼろを
着せ家の仕事全てを押し付けた。そして夜はかまどのそばの灰の中へごろ寝
しなければいけなかったので娘は灰かぶり娘と言われた。ある日、父の外出の
おみやげに姉2人はそれぞれりっぱなお土産を、灰かぶりは小枝をもらい、
それを母の墓に挿し、涙でぬらしているうちに枝はりっぱな木になり、毎日3回は
墓に行って泣いてお祈りしていると白い小鳥が1羽やってきて灰かぶりの望む
ものを与えていた。そんな日々を送っていた灰かぶりは、お城で
王子のお妃探しの宴が3日間開催されることを知る。自分の姉たちも出かけるという
ことで自分も一緒にお城に行きたいと灰かぶりは継母に頼んだが、
継母は灰かぶりをお城に行かせないようにするため無理な用事を言いつける。
しかし、それを小鳥たちの助けを借りて終わらせお城の宴に連れて行ってほしいと
再び頼むが、継母から拒絶され母の墓のところでお願いをすると小鳥がりっぱなドレスと靴を用意したので、
それをまとってお城に行くと王子は灰かぶりとしか踊らなかった。日が暮れると灰かぶりは家に帰ると言って
王子を振り切って家に帰った。王子は後を追うが灰かぶりを見つけられなかった。次の2日目も王子はお城から家に帰る
灰かぶりを見失ってしまう。3日目は城の階段にべたべたしたのりのようなものを塗っていたので灰かぶりは黄金の靴を
階段に片方残したまま逃げるように家に帰った。王子はその靴の持ち主を探すため灰かぶりの家にやってきた。姉二人が
つま先やかかとを切って靴のサイズに足を合わせて自分が王子が探すお妃だと名乗るが、王子と馬にまたがってお城に
行こうとする道中で、灰かぶりの母の墓の前を通るのだが、そこで小鳥が「この女は足から血が出ているのでお妃でない。
お妃は家にいる」と歌って王子に教え、ついに灰かぶりが王子の求めるお妃であることを突き止めさせる。そして灰かぶりと
王子は結婚することになるが、結婚式のとき幸せのおこぼれをもらおうと2人の姉は灰かぶりの両わきに付き添うが、
鳥に教会の行きに片目を、帰りにもう片方の目をえぐられ2人の姉は盲目になってしまう。

<教訓>
童話ってホントは残酷第2弾 グリム童話99の謎 桜澤 麻伊編 二見文庫 here も部分的に参考
・行いが良いと良い事が、悪いと悪い事が起こるという教訓に使われる話だが、行いが良くても
 困難をくぐりぬける強い精神力と自分を他人に認めさせる積極さと演出がなければ道は開けないことを物語っているように
 思える。
・また同じ人物でも表現方法を変えるだけで善人にも悪人にもなりえることの示唆を与えているように思える。
 例として、お城の宴に自分も行ったこと、王子が探すお妃候補は自分であることを黙っていたこと、灰かぶりと王子の結婚式に
 2人の姉が教会までついてくるが無視したままでいたこと、これらの表現を灰かぶりにとって悪く書き換えると灰かぶりの与える
 印象は全く悪いものに変わってしまう。

・人は表現に捕らわれ物事を情緒的に判断することが多いが、それによって騙されることもあるので、本質的な判断ができる
 よう普段からの訓練が必要である。

ヘンデルとグレーテル


ヘンデルとグレーテル 72490
<グリム版 ストーリー概略>
完訳 グリム童話集 1 金田 鬼一 訳 岩波文庫 hereなどを参照

まずしい木こり夫婦が食い詰めてまったく生活が立ち行かなくなったので
継母は自分達の子供を森に捨てることを考える。この家の母親は子供である
ヘンデル(兄)とグレーテル(妹)にとっては継母であった。
きこり夫婦は、薪拾いに行くと言って子供達を森に連れ出し、そのまま子供達
を森に置き去りにするが、子供達はヘンデルが道中、白い砂利を落として来て
いたのでそれを頼りに無事家に帰れる。しかし、両親は再度別の日に子供達を
薪を拾いに行くと言って森に連れ出し置き去りにする。今度はヘンデルは石
ではなくパンくずを道中に落としていたので小鳥に食べられ帰り道が分からず
迷子になってしまう。そして迷って森をさまよっているうちにヘンデルとグレーテル
はお菓子の家に遭遇する。そしてお菓子の家を食べていると気のよさそうなおばあ
さんが出てきた。
しかし、この老女は子供を捕まえては食べる悪い魔法使いだった。案の定、ヘンデルとグレーテルは
この魔女に捕まり、ヘンデルは小屋に閉じ込められごちそうとして太らせてから魔女に食べられようとしてしまう。
これに抵抗するが、いよいよヘンデルが食べられそうになって、カマドに入れられる瞬間が近づこうとしているとき、
火加減を命じられたグレーテルがカマドの火加減の仕方が分からないと言って魔女をカマドまでおびき寄せ

そのままカマドに魔女を
突き落としフタを閉めて焼き殺す。そして、ヘンデルを助け、魔女の部屋にあった宝物を
持って兄妹で逃げ出し、さまよいながら無事に家に帰る。既にその時には、継母は死んで
いたので父と兄妹は
その後幸せに暮らした。
<教訓>
・親すら信用できない環境では知恵、勇気、機転がないと生き残れない。
 
<メモ>
童話ってホントは残酷第2弾 グリム童話99の謎 桜澤 麻伊編 二見文庫 here より
・中世ヨーロッパでは魔女といわれる女性を迫害しようと財産を取ろうと罪には問われなかったそうだ。
 この盲点をついた悪人がいても不思議ではない。例えば、貧乏が嫌になった子供が家を飛び出し、
 途中出くわしたおばあさんが家に暖かく迎え入れてくれる。そして、その老女が財産を持っていることを知ると

 子供は財産を奪う策略をめぐらし、老女を殺して財産を奪うという話もあり得るとのこと。


長靴をはいたネコ


長靴をはいたネコ 72492
<グリム版 ストーリー概略>
完訳 グリム童話集 1 金田 鬼一 訳 岩波文庫 hereなどを参照

粉屋が亡くなり、その三男はネコだけ相続して将来を悲嘆する。そんな三男にネコ
は靴をくれれば悪いようにしないので長靴をくれるようお願いする。三男は長靴
をネコにプレゼントする。するとネコは袋を持ち出し袋の先にヒモをつけ背中から
さげられるようにすると麦を詰込んで外に出かけて行った。そしてその地の王様の
好物である貴重なしゃこという鳥を捕まえては、自分の主人である伯爵の贈り物と
言っては王様にプレゼントして金貨をもらう。そして王様は伯爵(三男)に好意を持つように
なっていく。
ある日、ネコは王様がお姫様と馬車で外出することを聞きつける。ネコは王様が通る
ルートを先回りして、まず三男が泥棒に服を盗まれたことにして川の中に裸でいるようにと
三男に言って、そこに王様が通りかかるとネコは王様に伯爵(三男)を助けてほしいとお願い
して王様からお城に取りに行かせた服を三男に着せてもらい王様の馬車に三男を同乗させて
もらう。
次にネコは魔王の支配する領地の農民たちに、誰の領地か聞かれたら伯爵の領地だと答えるよう脅すそこに
王様が後から通りかかり誰の領地か農民に尋ねると、農民たちは伯爵の領地と答えるので王様は伯爵(三男)に益々
好意を持つ。ネコは更に先回りをして魔王のお城に挨拶に行き、ネコのお願いで魔王がねずみに化けたところで、魔王を
食べてしまい、魔王のお城を奪ってしまう。そして、ネコは後から来た王様一行にこのお城は伯爵のお城だと紹介する。
その話を聞いた王様は、伯爵(三男)にお姫様と結婚してもらえないかお願いし、二人は結婚することになる。
王様の死後、伯爵(三男)が後をついで王になる。そしてネコは総理大臣になる。その後みんな幸せに暮らした。
<教訓>
悪い魔王はネコに領地やお城を奪われる。しかしネコは非難されていない。もし悪人が意図的に善人を悪人に仕立てあげ、
 悪人がその哀れな善人のものを奪っても悪人が正当化されてしまう怖さがある。物事の本質を見抜く目を常日頃養う努力が
 必要である。


<メモ>
童話ってホントは残酷第2弾 グリム童話99の謎 桜澤 麻伊編 二見文庫 here より
ヨーロッパでは古代以来、奴隷や囚人が靴をはくことは禁じられていた。この物語でネコが主人に長靴を要求するが
 これは、自分を奴隷の身分から解放してくれということを意味する。
・この話を16世紀ごろの話として読むと、リアルなサクセスストーリーになるそうである。


ブレーメンの音楽隊


ブレーメンの音楽隊 72594
<グリム版 ストーリー概略>
完訳 グリム童話集 1 金田 鬼一 訳 岩波文庫 hereなどを参照

年老いて捨てられたロバが、老後の生活をたてるためブレーメンの音楽隊にやとってもらおうと、
とぼとぼ道を歩いていると、同じように捨てられた犬、ネコ、翌日食べられることになっていた
ニワトリと次々と出会い、ブレーメンを目指して歩く。そして夜になり休むところを探していると
森の中に明かりを見つけたので、そこに行ってみると泥棒の家だった。4匹は縦一列に重なって
窓から家の中をのぞきこんだが、ガラスが割れて家の中に落ちてしまった。それにびっくりした
泥棒たちはごちそうや宝物を残したまま家から逃げ出した。動物たちはご馳走をたいらげて
その家で眠った。そこに泥棒の一人が様子を見に戻ってくると家は暗くなっていた。しかし家の
玄関や中で動物たちにぶつかり反撃を受ける。そして、化け物がいるといって泥棒は逃げ出す。
その話を聞いた泥棒の仲間は化け物の家だと思ってもう家に戻ってこなかった。そして動物たちは

そのまま家に住みつき幸せに暮らした。
<教訓>
・可愛そうな立場の動物たちとはいえ、動物たちに何もしていない泥棒の宝、食事、家を奪ったことを問題にしていないので
 おかしい。裏を返せば、悪い人が自分を哀れな立場に演出し、標的とする良い人を憎むべき悪人にでっちあげて襲っても
 世間から非難されず容認される怖さをこの話も物語っている。本質を見抜く目を持っていなければいけない。


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